高校一年の冬に初めて聴いて、それから長いこと取りつかれたように聴いていた一枚。おそらく半年ぐらいの間、毎日一回は通して聴いていたと思う。そのおかげで、ウォークマンの‘最も再生した曲’の上位はこのアルバムの収録曲で占められていた。変化をつけるためにイヤホンの左右を逆にして新しいサウンドを楽しんだり、アルバムジャケットを拡大印刷して部屋の壁に貼ったり、それを簡略化してロゴマークみたいにしたものを教科書に名前代わりに書いたり、少しでも(理解してくれる)可能性のある友達に押しつけて聴かせたりした。
キーパーソンとなったのはカート・ベッチャーという人物(略称カーベッチャ)。斬新なハーモニーアレンジを施すことで一部の業界人の間では有名だった。彼が才能ある若きミュージシャンたちを寄せ集め、膨大な製作費と時間をかけて作り上げた。しかし、アンセムなんていう曲まで作ったにも関わらず、あまりに前衛的だという理由でまともにプロモーションされずに、時代の流れに埋もれてしまった。
もしこのアルバムが例えばビートルズの面々の肥えた耳に届いていたりすれば、あるいは歴史的な名盤としてその名をとどろかせていたかもしれないが。音楽ファンの間で徐々に知名度を上げていったのは、発売から実に20年以上が経ったころであった。
- Prelude
アルバムはチェンバロの軽快な旋律で始まり、それを引き裂くようにドラムが右チャンネルから響いてくる。これ以上のオープニングはないんじゃないかってぐらい好き。
The Millennium - Prelude (USA 1968)
- To Claudia On Thursday
Preludeから続く。この曲をはじめ、It’s YouやIt Won’t Always Be The Sameなど、ジョーイ・ステックとマイケル・フェネリーのコンビによる作品は質が高い。
- I Just Want To Be Your Friend
カートの作。
- 5 A.M.
なぜかシンガポールでNo.1ヒットとなった曲。この14曲のなかで一番ポップなナンバーかもしれない。作者はサンディ・サリスベリ―で、甘いメロディーを作ることにかけては、このグループで右に出るものはいなかった。もう1、2曲ほど彼の作品を入れてほしかったところだ。
- I’m With You
リー・マロリーの曲。
- The Island
カートの作。鳥の鳴き声やコーラスのアレンジが絶妙。
- Sing To Me
リー・マロリーの曲。ブラスが違和感なく溶け込んでいる。
- It’s You
このアルバムを代表する傑作。音のひとつひとつが輝いている。ジェット機がぶっ飛んでいる。1分41秒あたりのコーラスの厚みがすごい。その部分だけを何度も繰り返し聴いたのを覚えている。中盤とエンディングに登場する呪術的で不思議なコーラスも魅力的。
- Some Sunny Day
正直、こんなにリー・マロリーの曲を入れなくてもなあと思う。バンジョーが入っているなんて最初は全く気付かなかった。
- It Won’t Always Be The Same
爽やかな風みたいな素敵な作品。タイトルが良い。完璧なパワーポップで、ギターが曲全体を引っ張っている。何度も繰り返し聴いてしまう、不思議な魅力に満ち溢れた曲。
It Won't Always Be the Same - The Millennium - Begin - 1968
- The Know It All
カート作。白くて軽やかな曲が続いていたが、この曲は少し赤や黒をにおわせている。次の作品のための橋渡しのような気もする。
- Karmic Dream Sequence #1
琴を大胆に活用したドリーミングなサウンドが聴き手を満たしてくれる意欲作。後半の琴のソロパートは圧巻。いや、琴もすごいけど、それを盛り上げているドラムやSEも非常に迫力がある。カートは日本がかなり好きだったらしい。
Karmic Dream Sequence No.1 - The Millennium [Los Angeles, California] - 1968
- There Is Nothing More To Say
これ以上言うことなんてないよ... 素晴らしい。この曲を最後にしないところがおもしろい。邦題は『語りつくして』
THE MILLENNIUM /// 13. There Is Nothing More To Say - (Begin) - (1968)
- Anthem
彼らが所属していたコロンビアレコード賛歌。
改めて聴き直してみても、あちこちに細かな工夫が施されていて本当に飽きない。革新的で複雑なコーラス、多種多様なSE、斬新な楽器の使い方など、サウンドを豊かにするアイデアに溢れている。メンバー7人のうちシンガーソングライターが5人という変則的な構成だったが、カートの見事なアレンジによって不思議な一体感を醸し出している。
それまではコーラスに特に力をいれて全面にその声の波を押し出していたカートだったが、このアルバムではそれをあくまでひとつの効果にとどめ、さらにスタジオの中や外でできる様々なマジックを詰め込んだ。その点でも、彼にとって『Begin』は特別な作品だったんだろうなぁと思う。彼らが生み出した美しいサウンドは、カリフォルニア・プログレッシブ・ソフトロックという長いあだ名又はミレニウムという名前でしかジャンル別けできないだろう。
カートは残念ながら1987年に亡くなってしまっている。彼にプロデュースされてみたかった。
来年で発表から40年になるが、その音は今も白く輝いている。
<余談> ぼくは『名盤』という言葉がたまらなく好きなのですが、この盤が発売された1968年というのは、英米では最高の名盤イヤー。他に、『White Album』『Beggars Banquet』『Music From Big Pink』『Astral Weeks』など。比べて、この頃の日本の音楽界は何をしてたんだって感じですよね。
<もっと素敵で丁寧な解説>
http://www009.upp.so-net.ne.jp/wcr/begin.html
おまけ
カートが並行して作っていた『Present Tense』というアルバムから。Beginほどアレンジが大げさでなく、よりメロディーやハーモニーの美しさを感じられる。どちらもジャケットが如実にその中身を表している。
Sagittarius -[1]- Another Time