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屋根裏の夢想者

所詮僕が思っていることなんて、観察を超えた偏見や思い込みなんだ、みんなと同じく。

老いるということ

 

 


Simon and Garfunkel - Old Friends

 

 

 

 

 

 

「亀の甲より年の劫」という言葉があるが、本当にお年寄りの方々のまなざしには何か特別なものがある(個人差あり)。その目で様々なことを見て、その体でたくさんのつらいことや楽しいことを経験してきたのだろう。

 

そのせいか、ご年配の方はやわらかなおかしみを持っている。ちょっとした日常の間違いやへまに笑っている。詩人で画家のまどみちおさんは、

 

 

『トンチンカン夫婦』

 

満91歳のボケじじいの私と

満84歳のボケばばあの女房とはこの頃

毎日競争でトンチンカンをやり合っている

私が片足に二枚かさねてはいたまま

もう片方の靴下が見つからないと騒ぐと

彼女は米も入れてない炊飯器に
スイッチ入れてごはんですよと私をよぶ
おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに

笑いはたえずこれぞ天の恵みと

図にのって二人ははしゃぎ
明日はまたどんな珍しいトンチンカンを

お恵みいただけるかと胸ふくらませている

厚かましくも天まで仰ぎ見て・・・ 

 

という詩を残している。

 

 

 

これらにはそれなりの理由があるように思える。人は苦しみを経験し、それを嫌がって逃げ出すということを繰り返して生きている。

例えば、学生が勉強をするのはテストで悪い点数をとって怒られたくないから、または偏差値の低い大学に行って将来を暗くしたくないから。逆に勉強をしないのは机に向かっているのが嫌だから、ゲームという楽しい遊びを知っているのに勉強というつまらないことをしているのが苦だとしか感じられないから。掃除をするのは家を汚れた状態のままにしたくないから。買い物をするのは腹が減っているのが苦しいから。ゴミを出すのは腐った臭いを家に残しておきたくないから。

すべては苦しい状態を変えるための作業なのだ。

 

 

それを長い時間絶え間なく繰り返してきたお年寄りの方々は、その現象をより深く知っているのだろう。彼らは、少しだけかもしれないが、智慧を知っている状態に近づいているのかもしれない。

 

 

現在高齢者と見受けられる人々は、戦争を経験した、戦後に生まれた方々はその復興と高度経済成長のなかで育った。それだけに力強い意志を持った人が多いように思う。

ぼくを含め、平成に生まれた者たちはまだ三十路すらも迎えていないが、何十年か経ち、体が老いを背負った時、どんな風になっているのだろうか。今の老人たちと何が違い、何が一緒だろうか。

 

 

 

 

 

ぼくは少し老いを楽しみにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、以下の本を読んで思ったことでした。

 

『怠け』を克服する  

アルボムッレ・スマナサーラ長老 著